春嵐に翻弄されて… 〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。



     
11



由緒正しき丘の上の女学園の今年度の最初の催事、
高等部への入学式が厳粛に執り行われているその真横にて、
そりゃあ荒々しくも物騒な乱闘騒ぎが捲き起こっていようとは。
しかもしかも、その中へと巻き込まれ、
数人がかりの本物の手練れたちに集中攻撃を受けているのが、
その女学園に通うお嬢様だって経緯を、一体どこの誰が予想しただろか。
実をいや、襲撃を仕掛けた顔ぶれだとて、
そんな流れに誘い込まれようとは思わなんだことだろし、
本来の段取りでは、
彼らの標的である本物の若様と某大臣のご令嬢が無事に隣町の本拠に辿り着くまで、
せいぜい見当違いな此処という地点を見張り続けさせることで無駄足を踏ませて、
結果、何事も起きませなんだという格好で済ませようというのが最善な運びだったのに。
此処へと集められていたうちの、ある意味で“素人衆”が物騒な武装を構えていたことが
過激派防衛隊のお嬢様たちのアンテナへ引っ掛かったのが不味かった。
万が一にも暴発したら大変だと、排除に出てったものだから、
怪しき無頼の背後に紛れ込んでいた、なんとお身内だという“諏訪”とかいう面々に、
目標だった“若様”が出て来たぞ、それ誘い出して打ち合いに巻き込んでしまえという…
ホントに配下の方々なのか、主家の跡取りへそんなお茶目を企んでいいのか、
部外者の平八にすれば疑問しか湧かぬ微妙な切っ掛けを与えてしまったらしく。
しかも問題なのが、その若様、実はちょっとお転婆なだけの女子高生だってのにという、
のっぴきならぬ展開になってしまっていたのだが。

 『やはりな。
  お嬢ちゃん、もしかしてお主、久蔵の影武者か?』

風貌や何やが こうまでそっくりで、
そりゃあ練達であること知られておいでな処に 遜色なくかぶる冴えた身ごなしや闊達さから、
今の今まで此処に居るほとんどの輩どもから、あの寡黙な若様だと把握され、
結構本気のそれだったのだろ、隙のない対処にて相手をされていたものが。
満を持したように現れた老師には、ほんの二合の手合わせであっさり看破された。
そして、紅ばら様こと久蔵お嬢様、
ここまではあんな不愛想な男にそっくりだなんて屈辱なと思っていたものが、
こうもあっさり見破られたのへムカッとしたのは、
たぶん、本人より歯ごたえがないと、
だから露見したのであり、且つ、そこを残念がられた気配があったからだろう。
やれやれ興覚めだわいと、もはや相手にもならぬつもりか
くるりと背中を向けた相手なのへ、

「…っ」

ぎりりと歯を食いしばると、
手にした警棒の柄を、指の節が白く牙を剥くほどに掴み締め。
ゆったりどちらかへ向かおうとする相手目がけて走り出す。
当然のように、その背中を守らんと進み出て来た護衛の顔ぶれがあったが、

「どけっ!」

もはや声を忍ぶ意味もあるまいと、腹の底からの怒声を放つ。
力んで張られたその声は、多少は凄みもあったれど、それでも明らかに女の声であり、
それを聞いてやっと
“おお、これはやはり”と、自分らの知る少年とは違うのだと知ったクチもあったらしいが、
そんなことはそれこそ知ったこっちゃあない。
居並ぶ陣幕役の黒服どもへと怖気もしないで真っ向から突っ込むように駆けてゆき、
並み外れたバネで飛び上がると
相手らの膝を腹を肩をと順番に足場にして蹴り上がることで飛び越して。
腹心の者だろう、彼自身よりはやや若いスーツ姿の男と何やら打ち合わせを始めているらしき
自分を嘲った老師へ向けて、
結構な高さから、得物の警棒を全力込めて振り下ろしたけれど。

「拓真様っ!」

はっとしたのはその腹心の男のみ。
御大の方は降りかかる小雨でも避けるような所作にて
差しかけられた片腕一本で遮られたのが無念で。しかも、
弾き飛ばされた久蔵が、そちらもなかなかのバランス、
それは颯爽と着地して身構えたのをにやりと見やり、

「嬢ちゃんでよかった。島田の坊主だったら折れていたな。」

軽いから助かったといわれ、
ますますのこと むかぁっと来たらしいのが、その細い眉の吊り上がりようで判る。
最初からこの場を監視していたらしい腹心の男性が、
さすがにやや眉根を曇らせたのは、
そのように挑発しては火に油ですぞと言いたかったらしく。
ただ、そのような言いようが、
非力なことよという意味合いだけで彼女を煽っただけではないことには気づかなんだようで。

 「…女だと何がいかんのだ。」

ぼそりと呟いた久蔵の、
紅蓮の双眸が…これまでにないほど切れ上がっての怒りに歪んでいるのへと、

 “……え?”

これでも視力はいい方です、ましてやいつも後方支援担当で、
ほんの油断も許されないよな際どい乱闘などでは、
彼女らのコンディションを見守るのが大事なお役目の平八が、
その不穏当な気配に気づくのは容易く。だが、
これまで見たことがないほどの久蔵の激昂ぶりに、思わずのこと、その手を固く握り込む。

「女だというだけで、そのような言いようをされる云われはないわっ。」

もしかして七郎次は知っているのだろうか、兵庫なら判るのだろうか、
私にはその内面までが掬い取れないのがもどかしく、それがどうしてだか酷く痛い。
言葉が通じぬ中にあっての激しい感情をどこへ持ってけばいいのかという、
そんなもどかしさには覚えがあって。
例えば日本へ着いたばかりな頃の日常とか、
もっと昔の…あの戦さの時代の真ん中で、
自分へ振りかかった醜い裏切りへの発端になった策略だとか?
今の久蔵の横顔や、いびつに構えた肩の線などからは、
そんな云われなき罵りへの憤りや、
だのに牙も爪も立てられぬ歯がゆさへの怒りが滲み出しているようで。
そういう感情に覚えがある自分にはじっと見ていられぬほど痛々しくてたまらない。
誰にも理解されぬ怒りを、その歯がゆさを込めるあまり、
強く掴みすぎて自分で自分の手を握り潰しそうになっている彼女だと判る。

『ああ、それはきっと、彼奴の母上が昔、
 女性だというだけで取引相手に鼻で嗤われたりしたことが多々あったからだろう。』

のちに兵庫からこそりと聞いたのがそんな逸話で。
それ以上は引き出せなかったが、もしかせずとも兵庫もまた、
それを話すのが辛いほどには憤懣を覚えていたようで。
いい子でお留守番が多かった寡黙な久蔵お嬢様は、
子供心にも大好きな母を泣かせるような理不尽へずっとずっと腹を立てていたのだろ。
そして今の今、憎たらしいおじさんの放った“女だてらに”という傾向の言われようが、
そんな彼女の逆鱗へ、微妙に斜めではあれ、しっかと嵌まったあしらいだったようで、

「こんのっ!」

再び振り上げた警棒にまとわせたのは不気味な振動。
それを察した向こうの腹心がハッとする。

「お館様、超振動ですっ!」
「なにっ!」

そんなやり取りを、こちらは読唇術で読み取ったらしいイブキもやはりハッとする。

「超振動だって?」
「? 何か問題ありますか?」

あれだけ怒かった状態の久蔵ならば、それを引っ張りだしても無理はないと、
もはや同感同調モードの平八がしらっとつれない表情で訊いたものの、

 「だって…というか、ご存知なので?」
 「ええ。久蔵が得意としている奥の手ですよ。
  刀や得物へ体内のチャクラを練り上げた波動をまとわせ、
  無機物に限りですが触れたものを容赦なく粉砕できちゃう優れ技。」

開眼してまだ一年経ってませんが、随分とこなせるようになってと続ければ、
其処に間違いはないものか、
なればこそだろう、唖然としたお顔のまま、イブキが抑揚の少ない声音で応対し、

 「それって島田の一門では、宗主の身が継いでゆく奥義なのですが。」
 「…あらまあ。」

波長が似てるだけの別物かもしれませんよと、
依然としてさほどの大事とも思わぬような口ぶりのまま、平八がしらっと視線を流す。
そっちのお家の事情がどうの何てもう知らぬ、
私のお友達をあそこまで怒らすほど愚弄したお爺さんなんてもう知らぬと、
彼女もまたあまりのお怒りに、俗な言いようで“テッペン”来ていたのだが、

 「拓真の御大は、
  若との対峙の中で数回ほど骨折して入退院を繰り返しておいでです。」

イブキくんの付け足しへ
何だそりゃとそこでは仄かに眉をひそめただけだった平八が、
微妙な間を空けてからハッとしたのが、

 「もしかして体のあちこちへ
  固定用の医療釘とか医療ビスとか埋めたままだったりして?」

ちょこっと待ってよ、それってもしかして…と
其処へ至って初めて事情が通じて、再び さぁあっと血の気が引いた。

「超振動は原則として無機物にしか利かぬ技ですが、
 体内の金属へまで伝わったなら…。」

「十八番芸なら臨床例くらい取っときなさいよっっ!」

そんなものへも届いた挙句に、そんな金属が片端から砕けたり弾けたりしたらどうなるか。
鍛えておいでのご老体でも、いやさご老体だからこそ内部まで丈夫とは限らないから、
ちょっとだけ がぁんと痛めに響くだけで済まない惨事になりかねぬと、それへはさしもの平八も青くなる。
私のお友達を愚弄したのだ、ちょっとした罰を受けりゃあいいでは済まない事態なだけに、

 「久蔵殿っ、それだけはっ!」

気持ちは判るがそのままだと、
あなたが後味悪い想いをすることへ発展しかねぬと。
ここへ及んでもお友達が大事と、ブレないまんまの一声を上げかけたひなげしさんの視野の中、

  ………え?

どんなに喉を広げて声を張っても、
どんなに強く睨むように見つめても、
嗚呼この手が届かないのが、事態へ直接触れられないのが虚しく歯痒い。
ありあり見えてる状況なだけに、恨めしくってしょうがない。
そんな歯がゆさを地団太でその場へ塗り込めんとするかのように、
ううう〜〜〜と唸りながら見やっていた眼下の坂道へ。
どこからやって来た彼なのか、
いつの間にかそこにいた人物が、するするとそれはなめらかに問題の核へと歩みを進めている。
ほとんどの顔ぶれが、何が起きつつあるのか判っていなかろう現場の只中、
だからこそ、自分が飛び込んで
てぇいと何とか手を尽くしたいとやきもきしていた平八の視線の先で。
彼女の希望通りの軌跡を辿り、両者の狭間に割り入ってきた存在がいて。

 「遅うなったな。済まぬ、代わろう。」

久蔵へはやんわりと腕を取り、片やの御大へは木刀振るって強い一閃を繰り出していて。
両者の動きをひたりと留めたその人物こそ、

 「…若。」
 「久蔵くんだ。」

女学園の指定の青いジャージの上下を着、
それは細い背中に細い四肢をし、
そのくせ妙に威容をたたえた反りようの立ち姿が、
味方には頼もしくてならないような、
不思議な存在感を持つ、金髪痩躯、寡黙な男子高校生。
何でだろうか、平八には彼こそが唯一無二の助け船にしか見えなくて。
周囲が慌てるほどには風貌が似ていると思わぬが、
自分たちのお友達と、同じような年齢だし、体格も雰囲気もさして変わらぬ。
ならばその身が繰り出す力にも差などなさげに思えるのに、
特段 気を張ってもないままの立ち姿に、それは安堵してしまうのはどうしてだろうか。
超振動を構えていた紅ばらさんのその腕を掴んだ彼は、
そのような力の蓄えに気がついたか、

「…貴女は。」

双眸を見開いて何か言いかけて、だが、
似たような紅色の瞳が見返してきたのへ、その驚きを静かに和ませる。

「うちの年寄りが失礼な言いようを並べた。相すまぬ。」
「…っ。」

木刀の切っ先を据えたままの “ウチの年寄り”を顎で示して、

「叱る者が居なくなると、つい慎みや謙遜を忘れるのだろう。
 俺が仕置きをしておくゆえ、それで許してやってほしい。」

そうと紡ぐと、
ふるふると震え出した紅ばらさんの手をそおと押し戻し、
彼と行動を共にしていたらしき連れの手へ任せたとの目配せで託してから、

「さて。」

そちらも見もせずの、だが、総身から放っていた覇気だけで、
口うるさそうな老師を 今の今まで二の次扱いにし、
お預けの状態にして黙らせていた若いので。
それがやっと向き直ったとあって、道着姿の老壮年殿、ふふんと不敵そうに笑って見せる。

「待たされたぞ、久蔵。」

傍らの腹心が差し出す木刀を手にし、
いかにも重厚な武道家の風情を満たして、
待ちに待った獲物であろう若き練達を迎え撃つ姿勢を取ったものの。

 「大人げないにもほどがある。」

この日の一連の騒動は、その発端こそ
木曽の面々による政治家の令嬢を無事に隠れ家まで移送するという仕儀だったものが、
途中の妨害に加担した彼ら“諏訪”の面々が話をややこしく盛り上げてくれたのが
こちらには大迷惑な要らない誤算。
女子高生のお嬢さんたちが乱入したコトに関しては、彼らには罪のないことかもしれぬが、
それでも今先程のあしらいは少々大人げなく。
勝手にしゃしゃり出ての割り込むなというにしたって言い方があろうにと、
窮地にあったさっきの令嬢が腹に据えかねるものがあったのも否めないだろと。
この朴念仁の青年から思われているようでは世話はなく。

 「ならばどうする。」

ふふんと、やはり居丈高な老人へ、
やや斜めな立ちようで構えた久蔵くん。
その手へ握った木刀をぶんっと鋭く一振りすると、ぼそりと一言紡いだのが、

 「折檻する。」

叱る者がいないなら、この自分がその役回りを受け合おうということか。
随分と不遜な一言だったが、
周囲はざわつきもせず、
いつの間にやら静まり返って彼ら二人を見守る輪となっており。
彼女をこそ狙っていた紅ばらさんを
若様から預かっての抱え支えるようにして守っておいでの人物へも、
少し下がったその動きに合わせ、場を譲ってやるほどの扱いの変わりよう。
そして、そんな皆が見守る中、
双方ともに刃のない木刀をそれぞれに握りしめ、
微妙な間合いを取ったまま、互いを真っ向から見据えあっていたものの。

 「…っ。」
 「…。」

泰然としていて動かない若いのへ、年寄りの方が焦れてのこと、
ザッという堅い音を伴った旋風をまとっての一撃が繰り出され。
その場の空気ごと鋭く動いたような気がして、
こういうやっとぉには一番素人の平八が息を飲んで胸元を押さえたものの。

「あ…。」

やはり、周囲が慌てるほどには風貌が似ていると思わぬが、
同じような年齢だろうし、体格も雰囲気もさして変わらぬ。
なのに、彼の繰り出した片手での一閃で、御大とやらがぐうと腕を押さえた。

「お館様、まさか」
「ぬう、またやられたわ。」

ふふとお顔は笑っているが、その口の端から血の色の泡が滲み出しており。
彼の側から突いたはずが、なのに結構容赦のない一撃を貰ったことが伺える。
腹心さんが慌てて駆け寄り、肩を貸すのへ素直に従いつつ、
傍らに立っている久蔵くんへ視線を向けると、

 「影武者か? あの娘。」
 「馬鹿な。」

勘兵衛の父が廃止したもの、どうして俺が復活させると言いたげな一瞥を向け、

「判ったら とっとと引かれるがいい。我ら、後始末で忙しくなるのでな。」
「ぐ…。」

年齢差の開きを思えば、相当に格上の相手だろうに、
堅い表情のまま、だが双眸の尖りようは斬るほど鋭いそれである。
そうまで強腰な久蔵くんだが、
ヒサコさんへ歩み寄ると高階氏が持ってきた毛布を頭からかぶせてやり、

「その顔で泣くな。部下が混乱する。」

そんな風に声を掛けて立ち去った彼で。

「…。」

端とした口調なのが、却って気を遣われていると思えたのは、
去り際にポンポンと軽く頭を叩かれたから。
あの冷徹そうな少年にそんなことする愛嬌など似合わない。
今になって汗がにじんできた額を手の甲で拭っておれば、
そんな鼻先へ濡れタオルが差し出され、

「巻き込んでしもてすみませんでしたねぇ。
 おウチまでこのままお送りしますよって。」

はんなりした西のなまりが聞こえ、
ああ、さっきから自分を抱えてる人だと肩越しに振り返ったものの。
そちらを見やった久蔵が…そのまま固まったのも無理はない。

「…っ」
「ああ。三木さんのお屋敷へも出入りしとう顔ですよって、
 混乱しはりましたか?」

ころころと笑うお顔には確かに覚えがあるが、声が微妙に違う。
それにこのなまりにも違和感があって、
一気に気が抜けて脱力気味のお嬢様なのへ、ふふーと笑うと、
柔らかな髪をふんわりと流したその御仁、

「良親は私の従弟ですよってな。
 あまりにそっくりやったんで、親たちがふざけて同じ名にしましたんや。」

せやけど、今もそんなに似てますやろか、と。
それは楽しそうに口にした彼だったのへ、今度こそ一気に全身から力が抜けて。

 「おおっと、しっかりしておくれな。」

年頃のお嬢さん相手に、あんまりあちこち いらわれへんよって。
そうと焦りつついう彼なのへ、こちらからしがみついた、
珍しいほど素直だった紅ばらさんだったのでございます。




 to be continued. (17.04.13.〜)





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 *あああ、どこで切ったらいいのやら。
  判らないままずるずると書いて、
  さすがに ここまでにさせていただきます。
  入学式のお話ですよ。もう夏休みなのにねぇ。
  そして最後に微妙な人も出てきましたよ。
  前々から名前がダブってることを聞かれておりましたので。
  実はそういうつながりのあるお人です。
  名前が一緒なのは親御がふざけたせいだそうです。(笑)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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